英会話の系統
明るい店内のクリーム色の壁には画廊のように何枚も油絵が飾ってあり、クラシック専門FMがいつも流れている。
「イタリアにいた頃、教会の床に座り込んで壁画やステンドグラスを一日中眺めていたことがある。芸術はなんと素晴しいことか!今、私は同郷の芸術家を育てる手助けをしたいと思って、こうして彼らに絵のスペースを提供しているのだ」と語った。
絵には確かにスラブ系の名前のサインがあった。
私の帰国が近づき、「帰りたくないなあ」と言うと、「いい方法があるぞ。アメリカ人と結婚するのだ。いい人を紹介するよ」と言ってくれたり、「日本に帰るとベーグルの味が恋しくなるなあ」と言うと、「じゃあ、日本でベーグル屋やったら?」と真剣に答えてくれたりした。
自分がアメリカの新天地で必死で生きてきたから、他人の悩みにも真正面から取り組もうとするのだろう。
しかし、彼と同じくらい肝が座っていないと乗ることのできない助言ばかりであった。
このおじさんのように成功した移民はきちんと店を構えているが、もっとも新参の移民は、毎朝辻々に屋台を出してベーグルを売っている。
屋台では、何もつけないベーグルとコーヒーでたった1ドルだ。
たいていはアフガニスタン人である。
チャドルですっかり顔を覆ったおばさんもいる。
Nによれば、彼らは英語さえほとんどできないが、愛想がよく笑顔がチャーミングで商売上手なので、マンハッタンのビジネスマンが朝一番に接する街の「顔」として、今や欠かせない存在になっているとのこと。
同様に「ジャイロ」や「スヴラキ」も、旧ソ連からの移民が屋台を出して売っている。
これらはもともとギリシャ料理で、大学の前に店を出しているウズベキスタン人は、ギリシャ系の移民から権利を買い取ったと言った。
マンハッタンの屋台はそのように、金をためた移民から新参者へと引き継がれていく。
街を観察すると、タクシーの運転手は近ごろパキスタン人が圧倒的だ。
一日に3回タクシーに乗ったら運転手の名前が全員Mだったという人の話は大げさではない。
街角の屋台で果物を売っている人もほとんどパキスタン人かバングラデシュ人。
ニューススタンドと呼ばれるKのような売店はインド人が多い。
だから、ニューヨークは「人種のるつぼ」といった、一様に混ざり合ったものではない。
むしろモザイク模様のように、あらゆる民族が細かく住み分けて、巨大都市のふところを分かち合っているように見える。
その住み分けは、残酷なほどくっきりとして見えることさえある。
たとえば、デリを経営しているのは韓国系で、彼らは家族で交代でレジを打っているが、店の奥で惣菜のじゃがいもの皮をむいたり、通りに面した花売場の番をしているのはメキシコ系かフィリピン系の労働者である。
ネイルアートの店やクリーニング屋も、経営者や技術者はほとんど韓国系だ。
ニューヨークで「アメリカン・ドリーム」をもっとも堅実に実現しているのは韓国系移民のように見える。
しかし韓国系の友だちにきくと、一見成功しているように見えるデリも、実は経営者がよく替わっているし、長時間労働でとてもきついのだと言う。
確かに、店の入り口に積み上げられているオレンジなどのフルーツを常に売り物になるように新鮮に保っておくには、かなりの勤勉さが要求されるはずだと思って、私はいつも感心していた。
24時間僅々と灯りがついているデリのおかげで、生活は便利に、街は安全になった。
吹きさらしの路上に立ちっぱなしでさぞきついだろうと思われる屋台の商売も、移民たちにとっては、収入を考えると、また「希望」が持てる分、本国での暮らしよりずっと恵まれているのだろう。
富を蓄え、ある者は国に帰り、ある者は家族を呼び寄せ永住する。
アメリカは今でも世界の人々に夢とチャンスを与えているのだと感じる。
一方、成功の梯子を上ってきた「ヤッピー」たちも、こうした移民が提供する労働力のおかげで、「1ドルのベーグルとコーヒー」のような安い物価と便利な生活を享受できる。
このダイナミズムがニューヨークの、そしてアメリカの活力を支えているのだと思う。
ニューヨークは絶対、夏だ。
夏は東京人の感覚では「初夏」に近い気候。
気温は華氏で80度、湿度は30パーセントくらい。
かなり「さわやか」な感じだ。
私は行ってすぐ、華氏から摂氏への簡単な換算方法をみつけた。
たとえば、華氏50度はだいたい摂氏10度。
華氏70度が20度。
90度が30度。
つまり、華氏の10度刻みが摂氏5度にあたる。
本当は換算式があるのだが、いちいち分数の計算をしていられないし、体感温度をだいたいつかむにもこのくらいの刻みが便利だ。
慣れてくると、「今日は70度の後半になる」と天気予報で言われたとき、すぐに「じゃ、25度近くだな」と、ピンと来るようになる。
とにかく、そんな「初夏の陽気」が、1年のうち4か月もある。
5月から9月の間で、7〜8月はさすがに蒸し暑く、9月後半は朝夕冷える感じになる。
しかし、梅雨がないのと、夏は夜9時ごろまで明るく、戸外の遊びを存分に楽しめる。
一方、冬は長く寒い。
寒がりの私にとって、5か月は「真冬」である。
それらの間に、1か月ずつの、とても短く美しい、春と秋がある。
さて、ミッドタウンと呼ばれる、マンハッタンの真ん中へんに住む私は、そんなさわやかな夏の日、まずセントラルパークに行きたくなる。
起きてシャワーを浴び、毎朝部屋のドアの外に宅配きれてくるNを取る。
軽くページをめくり、いくつかの記事に目を通して、じっくり読みたい記事が多ければそれを持って、別になければ、英語のペーパーバックか日本語の本、あるいは英語のカセットテープを持って出かける。
服装はTシャツに短パン。
履物はスニーカーかサンダル。
晴れた日の読書にはサングラスも欠かせない。
アパートの1階にSコーヒーがあるので、そこでアイスコーヒーを買っていく。
公園までは徒歩2分、柔らかな芝のギッシリ生えた「シープ・メドウ」と呼ばれる広場までは、もう少し北に歩く。
休日だと、たくさんの人たちが水着やタンクトップで、家族や恋人とくつろいでいる。
フリスビーを楽しむ人たちも。
変わったところでは、1人で座禅を組み腹想しているアメリカ人の男性を見た。
私のように「1人で読書」というのは、決して少数派ではない。
なお、近年、セントラルパークでジョギング中の女性がレイプされたとか、殺人があったとかというニュースが日本にも伝えられていたので、セントラルパークは危険なのではないかと思っている日本人が結構いる。
でも、私が見た限りでは、人の多く出ている時間、場所であれば、心配はまったくないといえる。
10年くらい前にニューヨークに住んでいた人が久々に公園を訪れた印象をきいたら、当時に比べて格段に雰囲気が和やかで安全な感じになったと言っていた。
街全体に言えることだが、騎馬警官などもいて、警官の姿が目立ち、確かに犯罪がまかり通る感じではなくなっている。
さて、芝生に腰をおろして遠くを眺めると、木々の繁る向こうには、高級ホテルや高層アパートが立ち並んでいる。
東側にも、ビルが切れ目なく連なっている。
西には、Jが射殺された「D」のとんがり屋根がすぐ近くに見える。
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